QED Investors(QED)は、2007年にナイジェル・モリス氏とフランク・ロットマン氏によって設立された、フィンテック分野に特化したアメリカのVCです。
QEDはこれまで200社以上の企業に投資を行っており、そのうち31社がユニコーン企業になっています。投資先には、Credit Karma、Nubank、Remitly、SoFiなど、金融サービス業界で革新をもたらした企業が含まれます。
『0.8の5乗』とは何か?
QEDの投資哲学に『0.8の5乗』という考え方があります。この投資哲学は、QED創業前に2人が所属していたCapital One時代によく使っていたものだそうです。
通常、ビジネスの成功には複数の要素が依存しています。例えばARR(年間経常収益)100億を達成するという目標を立て、それを成功の一つの指標にするとします。ARR100億を達成するためには、顧客を増やすための営業活動が必要であり、その営業活動を成功させるにはマーケティングが必要で、それらを成功させるためには優秀な人材を採用する必要がある、といった具合です。
つまり「この条件が満たされ、さらにこの条件も満たされなければならない」という依存関係が存在します。
一見すると、それほど大きな問題ではないと思うかもしれません。しかし、ロットマン氏曰く、どんなに優秀な人でもビジネス課題の一つ一つを確実に達成する確率は80%程度だと指摘しています。
80%なら十分高い確率で成功ができそうですが、それが他の要素と連鎖的に依存している場合はどうでしょう。
具体的に考えてみましょう。
もし、ある事業の成功のために5つの重要な条件を満たす必要があるとします。そしてそれぞれの条件を達成できる確率が80%(0.8)である場合、全ての条件を満たす確率は、
0.8 × 0.8 × 0.8 × 0.8 × 0.8 = 0.328(32.8%)
つまり、いくら優秀な人が行ったとしても、計画通りに進む確率はわずか3分の1以下しかないのです。
これでは、事業を計画通りに成功させるのはかなり難易度が高いです。
QEDがやること
そこでQEDは、事業の成功確率が『0.8の5乗』の状態に陥らないように、いかに依存関係を減らし成功確率を高めるかという点に日々向き合い、起業家をサポートしています。
例えばQEDの投資先企業の多くは、貸付の需要側と供給側をつなぐ2面市場(マーケットプレイス)モデルをとっています。単純化した説明としては、「融資の需要をつくる(つまり借り手を見つける)」そして「その需要を満たす(融資を買ってくれる側、つまり貸し手を見つける)」という2つの要素から成り立ちます。
このときQEDは、起業家に代わって「フレンドリーな資金提供者」との契約交渉を進める、といったサポートを行います。短期的に考えるとコストがかかるようなことでも、依存関係を減らし、余計な対象を減らすことで『0.8の4乗』 『0.85の4乗』と、段階的に成功確率を向上させることができます。
日々起こる問題にも応用できる
『0.8の5乗』の考え方は、日常で遭遇する多くの意思決定の場面にも応用することができます。
例えば、『熟練した社員を十分な待遇と経営幹部級の役職で採用するか、それとも潜在能力はあるがコストの低い人材を採用するか?』という問題に直面したとします。
ロットマン氏は、そのような状況下では、もしその熟練した社員によって成功確率を大きく改善できるなら、報酬を多めに出してでも彼らを迎え入れる価値があると指摘します。仮に追加の希薄化(株式の希薄化など)があったとしても、結果的に大した問題にはならないためです。
まとめ
『0.8の5乗』という考え方は、一見当たり前の確率計算のように思えますが、実際のビジネスシーンでは見落とされがちです。ビジネスを複雑化すればするほど、小さな躓き(20%の失敗)が連鎖し、結果的に全体の失敗確率を高めるリスクが生じます。
ビジネスの成功においては、複雑な課題をすべて同時に解決しようとするのではなく、依存関係を減らし、一つ一つの成功確率を高めていくことが、成功への近道となります。
これこそまさに、ロットマン氏が提唱する
『Simplify to Succeed(シンプルこそ成功の鍵)』
を実践するうえで欠かせない考え方と言えるでしょう。
参考文献